山崎 好峰

No.11 生涯、この書道とともに生きる

8_26_シンパシー様サブ_r2_c2山崎 好峰 Yamasaki Kouhou
長崎市生まれ。
昭和41年から書道塾を開き、幼児・小学生・中学生・高校生・一般を対象に、市内の数箇所で指導し、現在に至る。
昭和54年に滑石公民館創立と同時に、最初の書道講座講師を数年間務めた。また、西公民館でも書道講座講師を数年間務めた。
書道(文字教育)の普及と書道文化向上発展のため、後進の指導に現在も努めている。
また、県・市・会社・企業団体・一般市民などから筆耕を依頼され担当している。筆耕の内容:顕彰状・表彰状・感謝状・賞状・卒業証書・修了証書・保育証書・各種の案内状・年賀状・表札・看板など。
平成25年に、市政功労表彰を受賞。
資格・役職:長崎県展審査会員・長崎県書道展審査会員・長崎市展審査会員・長崎市書作家協会常任理事(会長・副会長を務めた)。


8_26_シンパシー様サブ_r4_c3山崎 好峰氏の作品
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8_26_シンパシー様サブ_r10_c3書道教室にて
小学生の時に、兄が書道を習っていたのがきっかけで、私も小学4年から習い始めました。その当時は、野球が大好きでプロ野球選手に憧れ夢見ていました。。中学に入って、野球部に入部。でも、体力が追いつかず断念。
ずっと、文字を書くことが好きでしたから。その時かな。もう一度書道を習ってみたいと思ったのは。もし、やるんだったら、将来、これで頑張ってみようと思ったんです。高校卒業後、会社勤めをしながら、別の先生に師事、長崎・関西の書道団体で続けて行くことにしました。
「将来一生にわたってできる職業はないのだろうか?」と考えた時、大好きな書道しかない。30歳の時に、よし、会社を辞めようと一大決心。その当時、結婚して子どもがいましたから、妻にも両親にも反対されましたよ。あたりまえですよね。

書歴もなく、不安が多いなか、未知の世界へ飛び込む。冒険でしたね。、当時、年間に数多くの展覧会へ出品。
画仙紙(作品を書く紙)などは中国・台湾ものが多く、良い紙は値段が高く、なかなか手に入らない。時々、入荷した時にまとめて買わないといけない。また、関西へ勉強に行く旅費・宿泊費・研修費など、とにかく金銭面でも大変でした。でも、この積み重ねがあって、今、現在があるのかな。
「書」は、1回きりの書き直しがきかない造形芸術。まめこそ書技の極意なり、筆を手に持つと筆は生きもの・魔物・書は手のダンスですよ。
書作の時は、墨に七色あり、墨色美を出すために墨色にも気を配っています。書く時は孤独で夢中になって無心になります。独自性のある作品を作っていかなければなりませんからね。師匠の物真似ではいけませんから。
ですから、師匠とは違った道を歩んでいくことが、自分に必要と思ったのです。異端児と言われてもいい。一人で頑張ってみる。何事にも挑戦する。
それが私の生き様ですね。今からいろんな書を研究し勉強していくこと。苦しんで字を書くのではなく、楽しみながら書いていきたいですね。


8_26_シンパシー様サブ_r12_c3Q.1 創作するときの気持ちは・・・?
さりげない言葉など、日常生活の状況を文字で表し、考えながら書いて作品にしていきます。書いている時は、夢中になりますね。一瞬わからなくなるぐらいに没頭します。題材(詩文)が決まって、こんな感じで書いてみようとか頭の中にイメージで書くんです。例えば「龍馬」という字の「龍」は、くんちの龍踊りをイメージしながら、「馬」は広野をかけめぐる気持ちで、最後の点々は蹄をイメージしています。
本当、単純なんですよ。自分の字をつくっていくんです。その文字や漢字がどういうものなのかな…と意味を考えながら。「笑」でしたら、笑ったように書いてみようかな…と。文字の中にできる空間が美しく感じるように、考えれば、考えるほど書けなくなることもありますね。書く場所をかえたり、また机で書いてみたり。皆が寝静まった夜中や、朝早くに起きて書くことが多いですね。


8_26_シンパシー様サブ_r14_c3Q.2 目指す生き方って何ですか?
生涯、この書道と思っていますから、僕は今のままでいいと思うんですよ。自分の字をひたすら書いていくこと。
真の書を求め、自分の字を作り上げたいですね。しかし、健康が第一ですから。命の続く限り立派な人間像を追及し、更に修養を重ね努力していきたい。
好きな言葉は「黙々とこの道一筋が生きがいである」


8_26_シンパシー様サブ_r16_c2Q.3 山﨑好峰さんにとって、結婚とは・・・?
妻がいなかったら、僕はダメだったかもしれません。僕の仕事を理解してくれて、手伝ってくれる縁の下の力持ちです。実際に、墨をすってくれたり、紙をはってくれたり、何よりも心の支えになってくれた妻がいたからこそ、今の自分があると思います。