竹山鉄郎・満子ご夫妻

「魔法の階段」

竹山 鉄郎・満子ご夫妻 諏訪の杜 たけやま

yoroshiku_03「出会った頃は、一年のうち360日はデートしてましたね」
一歳年上の満子さんは御主人と顔を見合わせて、明るく、そしてとても照れくさそうに笑った。鉄郎さんも、店の片隅にしつらえた瀟洒なカウンター越しに、まるで30数年前の青春時代に戻ったような目で、顔を赤らめている。
二人は共通の友人を通して知り合った。以来、ほとんど毎日デートをしていたと言うから驚きだ。

 

 

 

 

スタンダールの『結晶作用』を思い出す。冬場、ザルツブルグの塩坑の奥深くに投げ込まれた小枝が、寒さでダイヤモンドのように結晶を付けてきらめいている。恋をすると、平凡な相手なのに美しく見える。その例えである。つまり“あばたもえくぼ”だ。
知り合った当時、御主人はサラリーマンだった。それが、23歳の時、三代目として稼業を継ぐことになった。
「その時“私は酒屋さんに嫁ぐんだな”って、漠然とですが予感がしてましたね」
では、プロポーズはどちらから、どんな言葉だったのでしょう。
「特に・・・」ご主人は坊主頭を撫で、二人は見詰め合った。6年の交際で、お互いよく解っていたし、改めてプロポーズをする必要はなかったようだ。
それなら夫婦喧嘩などないのかと思うと、「とんでもない。毎日、最低でも2度くらいはやりますよ」と鉄郎さん。
おや、小枝の結晶は解けてしまったのか・・・。
「でも、お客様商売ですから嫌な表情で店には出られません」満子さんも真顔になって、「だけど二階から下りて店に来ると、元に戻ってるんです」
夫婦ですからね。自分が考えているようなことは相手も考えているんです。」鉄郎さんは言う。
「そう。だからプロポーズと同じで、仲直りの言葉はいらないんです」
どういうことなんですか。
階段を下りる間に自分の心を入れ替えるんです。すると相手も同じ気持ちになる」満子さんは笑い、
「だから、大喧嘩をした記憶なんて、ねェ・・・」
鉄郎さんも黙ってにこやかにうなづいている。
夫婦円満の秘訣は、住居と店を峻別する“階段”
の存在にあった。それが二人の間で暗黙のうちに培われた人生の知恵だったのだ。
50歳を過ぎたこの二人。どうやら小枝の結晶は生涯解けそうにないようだ。

 

 

2005年8月vol.10 「よろしく先輩3」