林智彦・典子ご夫妻

「ああ、われら若く」

林智彦・典子ご夫妻 リズムワン 代表

yoroshiku_50.fw航空・宇宙工学の権威であり、自らチェロ・バイオリンを演奏していた故・糸川英夫は「ボーンコンダクション理論」を提言しています。
音は耳で聴くだけでなく、それが振動として体表から骨を通して聴覚系に伝播されるために、恍惚感や陶酔感をもたらすのだとか。

 

 

 

 

 

智彦さんは、2005年の第9回“熱血おやじバトル”でグランプリに輝いたグループ、ファンク・ステーションでドラムを担当しています。
「若いころからファンク・ミュージックが好きでしてね、博多にいた時もグループで活動してましたよ」
青年のままの笑顔を浮かべます。
その頃、典子さんと知り合ったんですか。
「ええ、私の通っていた大学の学園祭にファンクのグループが来たんです。皆さん生き生きとしてて素敵でしたよ」
それで智彦さんと恋に落ちたんですね。
「いいえ、その時のドラマーに憧れてたんです。でも、その人が辞めて、後からドラマーとして入って来たのが主人なんです・・・」
典子さんは含み笑い。
第一印象はお互いにどうだったんでしょうか。

「主人は、痩せていて可愛い人でした」
初ライブが終わって、談笑してたんですが、一目惚れしましたよ。とにかく可愛い人でしたから

それなのに智彦さんは佐世保に戻ったんですか。
「ええ。私はプロになる夢を諦めましたから・・・」
「それで、一年ほど遠距離でした」
でも心は繋がっていたんですね。
「私の父が転勤族で、佐世保に住んでたことがありましてね。とても素敵な街で好きだったし・・・」

 

 

yoroshiku_50_02.fw典子さんは百合のようにほほ笑みます。
そのまま、智彦さんは音楽を続けて来たんですね。
「やっぱりファンクは手放せませんでしたから。オリジナル曲も十三ほど作詞・作曲しましたよ」
私は今も、主人のファンなんです

ファンク・ミュージックと言いますと、やはり16ビート。智彦さんのスネア・ドラムは、典子さんの体表から聴覚へ、そして心にまで届いているのでしょう。
今回のタイトルは、典子さんの出身校の校歌の最後にある歌詞なのですが、いつまでも若々しいのは、ラブ&ファンクがあるからなんですね。

 

 

2009年7月vol.57 「よろしく先輩50」