島田 克臣

No.3 きっかけは全て“好き”だから

kozaki_shouzou島田克臣 Shimada Katsuomi
1947年、長崎県長崎市生まれ。1966年、長崎工業高等学校工芸デザイン科卒業後、長崎浜屋百貨店宣伝部入社。
大分小国の小黒三郎(有名組木デザイナー)ミュージアムで、木の玩具と出逢い、組木細工創作を始める。組木絵は、組木とカラーインクを組み合わせた、島田氏のオリジナルファインアート。その他、ナイフ、フィギュア等も創作。フィギュアでは、1990年、タミヤ人形改造コンテストで銀賞受賞。1988年、 1992年、 1
998年、同コンテストにて銅賞受賞。
2010年、浜屋百貨店退職後は、作品作りに専念。

 

 

 


島田 克臣氏の作品
※画像をクリックすると、画像が拡大表示でご覧いただけます。

  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5
  • 8_26_シンパシー様サブ_r5_c5

a_1a_2島田さんのアトリエは、西小島の自宅一階にあります。アトリエには、大きな機械や作品などが所狭しと並んでいます。小さなバーカウンターまであって、まるで隠れ家のような場所です。「きっかけは全て“好き”だから。創作は、自分自身が楽しみ、そして周りも楽しませることなんです。」と笑顔で話してくださいました。一つ一つの作品からは、島田さんの優しい気持ちが伝わってきます。


a_3Q.1 作品を創作するときの気持ちは・・・?
作品をどういう風に表現するのか、出来上がった時に面白いと言ってもらえるものを作りたいと常に意識していますね。組木などは、パズル的なデザインの面白さがあります。図面をひいて考えるのが、すごく楽しいんです。デザインが固まったら、完成までは早いですよ。みんなに喜んでもらえるような作品をつくりたいといつも考えています。

Q.2 「長崎」という場所にこだわっていらっしゃいますよね。

生まれた時からずっと、3代にわたってこの場所に住んでいるんですよ。長崎が好きだから、ずっと居ようと昔から思っていました。生まれ育った町ですからね。


a_4Q.3 長崎にゆかりのある作品。

「ハタ坊(昇り人形)」
小黒三郎(組木デザイナー)氏の人形に触発されて面白い人形を作りたいなと思いました。長崎といえば“ハタあげ”。ハタあげをする子供をモチーフに作成しました。とても人気がある作品です。


a_5Q.4 島田克臣さんが目指す生き方って何ですか?

人を、子供たちを喜ばせることかな。作品を通してたくさんの笑顔を作っていきたいですね。補導委員として、愛の声掛け運動をしているので、子供たちと接する機会は多いんです。子供たちの笑顔を見ると嬉しくなりますね。
Q.5 島田克臣さんにとって、結婚とは。

結婚とは、愛を育む環境じゃないかな。
子供をつくって、次世代へ繋げていくこと。世間体や、義務的なものを考える人もいますが、そういうものではないですよね。 私は結婚して、2010年で37年になりますが、言葉では言い表せない、深いものだと思います。