山口 正美

No.6 いつまでもチャレンジャー

yamaguchi_top山口正美 Yamaguchi Masami
1948年、長崎県東彼杵郡波佐見町生まれ。
波佐見焼400年の歴史と共に歩んだ山口正右衛門窯の当主として、波佐見青白磁の復興に努める。
1977年、 長崎工芸展知事賞受賞
1982年・1983年・1986年、 日展入選
1986年、 三笠宮殿下へ「白磁彫牡丹文花瓶」献上
1986年、 長崎県陶磁器展知事賞受賞
1990年、 国際陶芸展金賞受賞 、  1991年、 伝統工芸士に認定
白磁陰刻を得意とし、2006年全国技能士連合会マイスターに認定、2010年には、卓越した技能者(現代の名工)に選ばれた。

 

 

 


山口 正美氏の作品
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hasami_kama波佐見焼400年の歴史と共に歩んだ正右衛門窯。
 小学生のころから父を手伝い、20歳からの3年間、陸上自衛隊の精鋭部隊、第1空挺団に所属。23歳で父の跡を継ぎ、当主として伝統の青白磁一筋に打ち込んできました。2009年、薪を使用した昔ながらの窯を自作。波佐見青白磁の復興に努める。


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yamaguchi_1Q.1 作品を創作するときの気持ちは・・・?
 邪念をはらって、作品に集中し魂を投入しなければならないですから、基本的な反復訓練が大切になってきます。基本に戻ることで、技術を高めながら新しいものを見つけたり、その感性を作品に表現します。造形は、自然からヒントをもらうことが多いんです。作品には、大胆さが必要ですが、見えないところの繊細さが一番大切だと思っています。


yamaguchi_6Q.2 なぜ「長崎」という場所なのですか。

僕は、長崎の波佐見町生まれで「長崎」に対してこだわりを持っています。有田も古伊万里も、産地は波佐見。工芸美術の焼き物は、波佐見が発信しているんだという感覚を持ってアピールしていかなければと思います。歴史ある大きな古窯も30くらい発掘されないまま横たわっているんです。これらの窯をまず発掘、発表していきながら、波佐見の400年以上の歴史とともに世界へアピールしていきたいですね。


seijiQ.3 長崎にゆかりのある作品。

実は賞をとった、これは!と思う作品は、全て手元にないんです。作品を手放す時に、これよりもっといいものをつくるぞと思って、更に上を目指しています。白磁は、波佐見の歴史ある焼き物。私の作品は着色をせず、自然の色を出しています。この色を出すのには、15年かかりましたね。
 それと、昔ながらの手法の薪で焚いて焼き上げようと思い、山に窯を作りました。薪の炎はやわらかく、味が出ます。作品は宝石。形、釉薬、窯の焚き、三拍子そろってはじめて作品になるんです。


yamaguchi_4Q.4 山口正美さんが目指す生き方って何ですか?

自分の仕事から決して逃げないことです。美術工芸としての完成度を高めたいですね。世界で通用するものをつくりたい。
 40歳手前の時、作品を風呂敷に包んでニューヨークのソーホーに行ったことがあります。ソーホーは、世界の芸術家が集まる町。世界の反応はどうだろうと、作品を見せてまわったり、画廊に訪ねていったりしましたよ。その時に、「あなたの作品は、とても洗練されていて素晴らしい。メトロポリタン美術館で展覧会ができる作品だ」と評価をもらった時は、とても嬉しかったですね。


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自信が持てたと同時に、改めて、感性、造形力の完成度を高めるには、基礎が大事だと気付きました。ものづくりというのは、自分が好きな物をつくることも、もちろんですが、日本、そして世界中の産地もどんなレベルで、どのような作品を作っているのか把握しておかなければなりません。そういう勉強もしながら、作品づくりに挑戦していく。死ぬまでチャレンジャーだと思っていますよ。まずは、いいものをつくること。終わりはありませんね。


yamaguchi_5Q.5 山口正美さんにとって、結婚とは・・・?

一生の大切な伴侶ですから、気持ちは一心同体でありたいですね。お互い、行きつくところは一緒。人間は自分勝手なところもありますから、最終的にはお互い理解し合うことが必要なのかもしれません。気持ちを抑えたり、羽をのばしたり…お互いに影響しあいながら、バランスを上手にとれたらいいですね。