植木 寛子

No.9 自分らしく生きること

ueki_top植木寛子 Ueki Hiroko
東京生まれ。
島原鉄道創業者、植木元太郎(初代島原市長)の子孫にあたります。
1999年女子美術短期大学卒業後、渡仏し、2000年ルーマニアにて制作活動を開始。 2001年より、イタリア、ムラーノ島にて以後、ヴェネチアを拠点に制作を行う。
2002年、日本選抜美術展にて最年少での奨励賞、イタリアの国宝ピノ・シニョレット氏と共同制作。2003年、朝日現代クラフト展入選、2008年日本工芸美術展入選ほか多数。
2007年には、雲仙市、島原市、南島原市誕生記念「日本・イタリアガラスの靴の展覧会」、雲仙ビードロ美術館、島原城、雲仙災害記念館にて巡回展。2010年、長崎県美術館にて個展、雲仙ビードロ美術館開館10周年記念展にて作品展示。
国内のみならず、パリでの個展開催など、グローバルに活躍している。

 

 

 


植木 寛子氏の作品
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Exif_JPEG_PICTURE 「日本でガラス作品を制作している人は、全て一人で作っていることが多いですね。私の場合は、作ること自体に興味があるのではなく、ガラスという素材を使って、どのような芸術作品を作っていこうかな、ということに興味があるんです。」
大学では油絵を専攻していた植木さん。「自分の作品をガラスで作ってみたい」「自分のイメージどおりに作品を仕上げてくれるのは、ヴェネチアの職人しかいない」とヴェネチアでの制作を決めたとのこと。その強い想いが、作品からも伝わってきます。


Exif_JPEG_PICTUREQ.1 作品を創作するときの気持ちは・・・?
 遊び心を大切にしています。ガラスはたくさんの色を使うことができるので、色とりどりの作品を観た時に、楽しい気持ちになってもらいたいと思っています。色は、調合師の方と発色を確認しながら進めていきます。私も、ひとつひとつ楽しみながら、その気持ちを大切にして作っていますね。


ueki_3Q.2 長崎にゆかりのある作品。

 「龍馬のブーツ」
 私自身の代表作がガラスの靴なので、女性のヒールのある靴のテーマで作品を作ってきました。その中で、ちょうど龍馬の流れもあり、「龍馬のブーツ」に挑戦してみようと、長崎で思いたったんです。龍馬自身が、日本で初めてブーツを履いたということもあって、そこからヒントを得てイメージして作りました。


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 男性的なブーツという形は、初めて作りましたね。特に女性的なものを意識して作っているわけではないんです。今まで、ガラスの作家は男性の方が多く、工房が危険な現場ということもあり、女性が入るということは許されていなかったのがひとつあります。
 新しい時代だからこそ、女性にしか表現できないものもあると思いますし、色をたくさん使えるガラスは、女性の感性が表現しやすいのかなとも思いますね。私の場合、モチーフは身近なものが多く、ファッションなどの影響を受けて作品をつくることが多いんですよ。


ueki_5Q.3 目指す生き方って何ですか?

 自分らしく生きることが一番だと思います。20代の頃は、がむしゃらに色んなことに挑戦して、自分が何なのか、よくわからないままやってきた部分はあります。30代になって、自分の中でも気持ちが落ち着き、自分らしくいられることが一番大切なことなんだと感じました。
 心地いい空間の中で、好きな仕事を楽しくやっていけるということが、私にとって幸せなんです。そういう面では、心の影響も作品に表れるので、毎年、作品の表情が変わるねと言われたりします。


ueki_6Q.4 植木寛子さんにとって、結婚とは・・・?

 結婚はしなきゃいけないのかな…と思っていた部分もありますが、人生のパートナーは結婚が全てとは思っていません。自分らしく生きるのが一番大事ですね。パートナーは、結婚に限らず出会えることだと思うので、それを大切にしたいと思っています。
 自分の両親を見ていると、結婚して幸せな家庭を築いていくということは、とても素敵なことだなぁと感じますね。