隈部清久・浩美ご夫妻

「陽のあたる場所」

隈部 清久・浩美ご夫妻 南島原市在住

yoroshiku_18.fw「私はカギっ子でしたから、家族のためにいつでも家にいてあげられる専業主婦にあこがれていたんです」小柄な浩美さんは木漏れ日のように微笑みました。その横で巨漢の清久さんが、お日様みたいに明るくうなずいています。

 

 

 

 

 

二人が知り合ったのは、福岡の大学時代。
バレーボール選手の清久さんが三年生の時、運営委員長を務めた福岡県リーグの大会に出場していたのが、他校の四年生だった浩美さん。一つ年上です。
「三日間の大会で、第一印象は感じが悪かったんですが」と浩美さんは当時を振り返ります。
「でも、大会が終わると、私に“ユーモア賞”をくれたんです」
どう言うことなんですか、清久さん。
「賞状が一枚余ってましたから、自作で賞をあげたんです」清久さんは含み笑いをしています。
「賞状には彼の名刺も付いてましたけどね」
それは公私混同ってことじゃないですか。
「まあ、委員長権限ですよ」大きなお腹を揺すって清久さん。
さすがにバレーボール選手ですね。最初に悪い印象を与えておいて、最後は好印象で決める。これはまさに“ひとり時間差攻撃”ですよ、やりますね。

一年先に卒業した浩美さんは、地元の福岡で小児歯科の受付兼保母をし、清久さんは卒業と同時に郷里の布津へ戻りました。そして一年後に結婚。
「私は誰も知らない町に来ましたから、少しでも知人を作ろうと、誰彼なく挨拶をしていました」
視力の弱い浩美さんは、田圃で働く人と間違えて案山子(かかし)にまで声を掛けたと笑います。
しかも、浩美さんは運転免許を持っていませんから、どこに行くにも清久さんと一緒。
「ですから、“お願いします”とか“ありがとう”とか、自然な気持ちを言葉で伝えるんですよ」
「子供たちにも挨拶は厳しく言い聞かせます。親がしないなら、子供も挨拶なんて出来ませんからね」
清久さんは厳しい表情で、そう続けます。

南太平洋の島々。強烈な太陽の光が降り注ぎ、それが大きな樹木を育んでいます。そしてこれらの木々は、足下に爽やかな陰を宿します。だから誰もが大きな木の下で憩います・・・。

 

 

yoroshiku_18_02.fw二人の様子を見ていますと、ふとそんな情景が
浮かびました。壁のあちらこちらに、三人の子
供達から送られた、お父さんお母さんへの手作
りの感謝状が貼ってあります。なんともすがす
がしいではありませんか。勿論これらの賞状に
は、下心見え見えの“名刺”は添付されてはいま
せんが。あ、失礼、清久さん。

 

 

2006年11月vol.25 「よろしく先輩18」