持永海宣・恵巳ご夫妻

「陽だまり」

持永海宣・恵巳ご夫妻 法妙寺

dsc_2765xx 日本の西端から大阪に行き、東京からの知人と落ち合ってホテルの高層レストランで朝食を摂っている時のこと。夜明けが少し早いなとこちらが言えば、先方は少し遅いと話します。日本列島は南北に細長いのですが、東西でも微妙に時の流れに違いのあることを改めて感じます。

 

 

 

 

 

 

海宣さんは長与の生まれ、恵巳さんは千葉県館山市の出身だそうですが、知り合った経緯は。
「私は東京の大学で仏教科を出て、八年ほど千葉県の鴨川市にある寺で修行をしたんですが、その時に」
「私が印刷会社の営業で、そのお寺を担当していたものですから」二人とも穏やかに話します。
お互いの印象はどうでしたか。
「彼女の実家は農家なんですが、ゴールデンウィークに田植えを手伝っている姿を見かけたんです。若い娘さんなのに、今どき珍しいなと感心しました」
「主人は、古風な感じで優しく誠実な印象でした」

恵巳さんは遠方から、しかも文字通り畑違いな世界に嫁がれることに抵抗はありませんでしたか。
「それは全く感じませんでした。でも、こちらに来てみると、言葉はもとより食材の違いなどに戸惑いましたね」
例えばどんな違いですか。
「肉ジャガの肉は、向こうでは豚なんですが、こちらは牛だったり・・・」神妙な面持ちで話します。
「でも、一番最初に驚いたのは日の出の時間が違うことでした」やさしく微笑みます。

海宣さんは、今後の夢はありますか。
「寺の敷居を低くしたいと考えています。地域の皆さんと広く繋がっていけるような。あるいは託児所を作って、お世話の出来るような場所に出来ればいいですね。敷地の問題などがありますが」

 

 

img259ところで海宣さんは次男だそうですが、後を継いだのは何故でしょうか。
「祖父が亡くなる直前に私に言ったんです、お前は坊主になるようにと。お前ならいい坊主になれると。
あの一言がなかったら後継ぎにはならなかったかもしれませんね」
そして、厳しい父親から暫く他所で修行をせよと言われていなければ、千葉で恵巳さんと出会うこともなかったわけですから、縁の不思議を感じますね。
因みに、大雑把ですが長崎と館山の冬至の日の出・日の入りを比較すると、各々約35分、45分くらいこちらが遅いんです。恵巳さんが驚いたのも頷けますね。でも、二人の“陽だまり”のような心は、何処にいても変わらないと思いますよ。

 

 

 

2015年3月 Vol.122「よろしく先輩115」