中村耕一・智美ご夫妻

「忍び会う恋」

中村 耕一・智美ご夫妻 中村輪業社長

yoroshiku_34.fw「躑躅生けて その陰に干鱈 割く女」
 これは、滋賀県甲賀郡(現・湖南市)の真明寺の句碑にある松尾芭蕉の句です。裏山から採って来たツツジを活けて、そのかたわらで当時は安い魚であった干鱈を、黙々と割いている、素朴な女性の姿が想像されますね。

 

 

 

 

 

福岡の会社仲間と沖縄旅行に出掛けた耕一さん。そこで知り合ったのが、大学生の女性グループにいた智美さん。はた目がありますから、夜中にこっそり抜け駆けをして車でデート。
 まるで青春ドラマそのままですね。
 「とんでもない。彼女の両親からは猛反対を受けましたよ」と、耕一さんはつい昨日のことのように厳しい目で話します。
 「私は滋賀県・甲賀の出身なんですが、両親には九州の男性は男尊女卑のイメージが強かったんです」智美さんは表情を変えず、「結婚どころか、交際すら認めてもらえませんでした」淡々と語りました。
 「彼女の実家に押しかけて、真冬の玄関先で父親と一時間半ほど話し、さらに翌日は母親と話し・・・、寒かったですよ」
 それでやっと許可を得られたわけですね。
 「いいえ、彼女が黙って私の背後に回って来たんです」耕一さんは、当時を思い出したように智美さんと視線を合わせました。
  こうして二人は、智美さんの卒業と同時に結婚。やっと、いつでも一緒に過ごせるようになって、良かったですね。
 「それが、主人は仕事でほとんど家にいなくて、我が家は”妻問い婚”みたいだと思ってます」智美さんは、やはり表情を変えません。
 「今、初めて彼女に話しますが、私は自分を一番に考えているんです。そして二番目が社会貢献。家庭は三番目なんです。」耕一さんは男っぽい口調で力説します。
 「でも、それでいいと思います。彼が大きくなれば、その大樹に家庭が守られるわけですから・・・。家族が増えて、私は幸せです」
 智美さんは健気な女性なんですね。
 「彼女には感謝してますよ。私がいなくても家庭を守ってくれていますし、遠い所から嫁いで来たのに、今では私より以上に地域の人々と親しいくらいですから。この変身振りは見事です」

 まるで、冒頭に掲げた芭蕉の句にある女性みたいですね。
 ところで、芭蕉と言えば一説に忍者であったとも言われています。「奥の細道」の行程や滞在日数などから、どうも単なる俳句作りの旅とは思えないと言うのです。彼のイメージからは想像がつきませんが、だからこそ忍者説があるのでしょう。

 

 

yoroshiku_34_02.fwそう、智美さんは甲賀の出身でしたね。忍術に
は土遁(どとん)の術、火遁の術、水遁の術な
どありますが、これほどまでに耕一さんを惹き
つけたのは、“好いとんの術”かもしれません。
表情を変えず淡々と話す智美さん、もしや、
「くノ一」忍者では。

 

 

2008年2月vol.41 「よろしく先輩34」