関隆三・芳子ご夫妻

「手作りの思い」

関 隆三・芳子ご夫妻

yoroshiku_35.fw寺田虎彦の随筆に「茶碗の湯」があります。内容はさておき、子供心に「茶碗」だから“湯”ではなく“茶”ではないかと思ったものです。でもよく考えてみますと、お茶を飲むのに“湯呑み”、ご飯を食べるのに“茶碗”などと表現します。日本語は難しいんですね。ちなみに、木製のものは「椀」で陶磁器のものは「碗」と書きますが、どちらも俗字で、正しくは共に「盌」だとか。

 

 

 

 

 

隆三さんは体育の先生だったそうですが、焼き物を作りだしたのはどんな経緯からなんですか。
 「昔、学校が荒廃していた時期がありましてね、美術の先生と一緒に情操教育のために始めたんです」
 それが次第に高じて、毎年、卒業生全員に手作りの湯呑みを贈るようになったのだそうです。
 ところで、芳子さんと知り合ったのはどこなんでしょう。
 「私は同じ学校の看護師をしていまして、保健室に主人がよく来てましてね・・・。なかなか誠実そうな人でしたから」
 なるほど、あとは訊くだけヤボでしょうね。すると家でも学校でも一緒に過ごせたわけですね。
 「主人はバレーボール部の顧問をしてましたから、ほとんど留守でしたよ。誠実さも結婚してしまうと消えてしまいましたし。そんなものなんでしょうね夫婦なんて」と芳子さんは微笑みます。でも、隆三さんはマメな人だそうで、料理をしたりお茶を淹れたりしてくれるのだと、補足を忘れません。なるほど、言葉とは裏腹な愛情がうかがえます。粘土をこねる指先が少女のようですもの。
 「私は仲人をするたびに、“ お互いに好きで一緒になったのだから、これから先の人生でどんなことがあっても、共にスタートした結果であることを忘れないようにしなければ”と、話すんですよ」隆三さんは、そっと芳子さんの湯呑みにお茶を注ぎたしました。 

 今は二人で陶芸教室を開いていますが、奥さんは10年くらい前に始めたのだそうですね。
 「粘土は言うことをきかないから苦手だったんです」
 「それなのに、芳子が感性は私より優れてますよ」隆三さんは素直な表情で話します。“亭主の好きな赤烏帽子”だったものが、良い意味で“庇を貸して母屋を取られる”格好になったわけですね。これもまた面白いではありませんか。
 そんな隆三さんのもとには、今でも卒業生から“先生に貰った湯呑み茶碗が割れてしまいました”と、新しいものを催促する連絡が来るのだそうです。嬉しいことですね。
 「ええ。なかには、親子で私の湯呑みを持っている生徒もいるんですから、時の流れを感じますよ」隆三さんは相好を崩します。数多くの卒業生たちが“マイ湯呑み”として使ってくれているんですものね。

 

 

yoroshiku_35_02.fw私たちは、日常で使用する茶碗や湯のみが誰の
ものか決まっているケースが多いですよね。じ
つはこれ、世界でも比較的珍しい日本の食文化
の特徴なんです。“属人器”と呼びます。そう言
えば、長期出張から戻った知人が、自分の茶碗
が食器棚の最奥に押し込められていたと嘆いて
ましたね。不在がちな皆さん、たまには食器棚
を覗いてみてはいかがですか。

 

 

2008年3月vol.42 「よろしく先輩35」