長谷部朋香・洋子ご夫妻

「人生はノン・タイトル」

長谷部 朋香・洋子ご夫妻

yoroshiku_38.fw映画ファンの皆さんなら、お若い方でも私の事はご存知ではないでしょうか。監督の小津安二郎と申します。今日は、私の映画に出演していた往年の松竹映画のニューフェースだった朋香君と洋子ちゃんがインタビューを受けると聞きましてね、ちょっとお邪魔した次第なんです。

 

 

 

 

 

朋香君が松竹に入ったのは、昭和二十三年。ニューフェースの試験を受ける友達について来て、なんと彼の方が合格してしまったのだとか。それから六年後、俳優座から入って来たのが洋子ちゃんなんです。当時の芸名は“千村洋子”でした。ふたりは私の映画でも、『早春』『東京暮色』などで共演しているんですよ。これは後から聞いたことなんですが、一目ぼれをした朋香君が速達でラブ・レターを送ったんだそうです。当時の彼はなかなかの人気者でしたから、洋子ちゃんは喜ぶよりも驚いたようですが・・・。

 昭和三十八年。私は、還暦の歳に皆さんの世界を去りました。同時に、ふたりも映画界から退いて行きました。テレビ時代になり日本映画は衰退しつつありましたからね。私にも、多くの構想があったのですが、こればかりは叶いませんでしたよ。
 その後、朋香君は企業のPR会社を立ち上げ、新たな人生を歩み出しました。洋子ちゃんは、中学の演劇部、人形劇団、朗読会などの指導を始めました。

 九年前、ふたりは娘さんの嫁ぎ先の長崎に、長男共々移り住みました。今ではオーナー・シェフを務める長男のレストランで広報を受け持ちながら、朗読会の主宰として第三の人生を送っています。
 振り返って見ますと、私がふたりと過ごした時間より遥かに長い時が流れたんですね。
 でも、高い所からこうして眺めていますと、ふたりはあの頃と少しも変わってないんですよ。朋香君は相変わらず家庭的でハンサムだし、洋子ちゃんの愛らしい笑顔なんかスクリーン時代のままなんですからね。
 おや、インタビュアーが難しい質問をしましたよ。“ふたりの、これまでの人生を映画に例えると、どんなタイトルを付けますか”ですって。
「何かしら・・・」「うーん、困ったな・・・」 

 

 

yoroshiku_10_02.fwなるほど、これは私にも解りませんね。ただ、
ふたりを見ていますとね、夫婦に大切なものは
『共通の価値観』だと思いますよ。生涯独身だ
った私が言うのもおかしいかもしれませんが・
・・。そう、人生ってのは“筋書きもタイトルも
無い映画”なのかもしれませんね。そういえば私
の墓標にも“無”と書いてありましたっけ。

 

 

2008年7月vol.45 「よろしく先輩38」