原田正樹・翠ご夫妻

「青い鳥」

原田 正樹・翠ご夫妻 (有)エス・アンド・エイチ・ラボ 代表取締役

yoroshiku_54.fwチルチルとミチルは、魔法使いのお婆さんに頼まれて青い鳥を探しに出掛けます。思い出の国、夜の御殿、未来の国へ。けれども、どこにも青い鳥はいませんでした。   
 クリスマスの朝お母さんの声で目覚めると、家の鳥かごの中に青い羽が落ちていました。ふたりは、青い鳥は一番身近な所にいたことに気がつきます…。

 

 

 

 

 

正樹さんは高校を卒業すると十九歳で東京に出ました。 
「ロック・ミュージシャンになりたかったんです」 そして、三十四歳まで頑張り長崎に戻りました。出島でコンサートを開くこともあったそうですね。
「でも、そろそろ親孝行をしないといけないと考えて、企業家のセミナーに行きました」 
 一方の翠さんは、お父さんが転勤族であったため、神奈川で生まれ、その後、下関、神戸、長崎を転々としました。東京で専門学校に通い、それから長崎で事業を始めていたお父さんの許に戻ったのだとか。
 そして企業家のセミナーに通い、経営の勉強を。
「今は、その会社の社員として働いてます」

  では企業家のセミナーで知り合ったんですね。 
「僕の方は、彼女のお父さんを仕事関係で知っていたんですが、まさか、あの小父さんの娘だとは思いませんでしたよ」 
 それから交際が始まったんですね。 
「うちの社員と二人で、クリスマスに彼女を誘ったんです」 
「私も予定がありませんでしたから、友だちと行きました」 
 結婚を意識したのはいつなんでしょう。 
「彼女は成績優秀だったんですが、その発表会が三月に高島であって、二十人ほどで泊り掛けで行った時に、いいなと」 
 正樹さんは素直に語ります。 
 そして八月に入籍、十二月に挙式。かなりスピード婚ですね。 
「私の母が、“結婚は勢いだから”と後押しをしてくれましたから」翠さんは得心したようにうなづきます。

  さて、これからの夢は何ですか。 
「仕事に共通性がありますから、一緒にやれれば楽しいと思いますね」と、正樹さん。 
「それに一軒家を手に入れたいですよ。私は、父が転勤族で、ずっと社宅住まいでしたから。それにペットも飼いたいですし」翠さんの笑顔も夢のように広がりましたよ。

 

 

yoroshiku_54_02.fwなるほど。お互いに昔から身も心も転々として
来たんですからね、ここらで家族だけの“鳥かご”
を手に入れて欲しいものですね。

 

 

2009年11月vol.61 「よろしく先輩54」