大堀哲・富子ご夫妻

「生きる」

大堀 哲・富子ご夫妻 長崎歴史文化博物館館長

yoroshiku_64.fw海底火山が噴火して小さな島が誕生します。溶岩の燻る不毛な世界。でも時が経つと、黒い岩肌のあちこちで緑が生えているのを見掛けます。地球のエネルギーの偉大さは素より、植物の生命力には驚嘆するばかりです。種子は遥か遠い陸地を離れ、風や鳥に運ばれて来るのでしょうから・・・。

 

 

 

 

 

哲さんは福島県会津の出身。富子さんは東京生まれで千葉育ち。
お見合い結婚だそうですが、第一印象はどうだったのでしょうか。
「この人は洗練された人でしたね」
「主人は東北訛りが凄かったんです」
それから僅か半年で結婚。早かったんですね。
「お互いに身上は解ってますから。私は当時、猪苗代に設置された文部省の青少年教育施設に勤務しており、この人は東京で通訳をしてたんです。見合い写真を見た時から決めてました」
「あら、初耳ですねそれは。私は主人が農村の若い人を集めて作った吹奏楽団の演奏会に誘われ、主人が指揮するのを見た時に決めました」
哲さんはその後、教育研究のためイタリアへ、家族ともども3年間滞在。帰国後、国立科学博物館勤務、各地の国立大学で教鞭を執り、定年後には茨城の私立大学学長、そしてそれまで考えたこともなかった長崎へ。あちこちを転々としたんですね。
「イタリアでの生活を含めると13回引っ越しました」富子さんは虹のように笑います。
長崎の印象はどうですか。
「人も食べ物もイタリアに似てますね。」
「そう、人は優しくて、食べ物は美味しくて」
哲さんは博物館の仕事を中心に、富子さんは数々のボランティアを通じて長崎の地に広く深く根を張り巡らせつつあります。
「様々な人と関係を作るって大切な事なんですよ」
「そうね。それを通して親が結婚の良さを醸し出すと、子供たちも自然に結婚していくんですよね」

 

 

yoroshiku_64_02.fw明治21年に会津磐梯山が水蒸気爆発。長瀬川
が塞き止められて、五色沼などの湖沼群が形成
されました。
哲さんの優しげな、それでいて気骨の漂う笑顔。
きっと、富子さんと出会って“水蒸気爆発”をした
のに違いありませんよ。そしてそのお陰で、富
子さんの“五色沼”のように美しい笑顔が生まれた
んでしょうね。

 

 

2010年9月vol.71 「よろしく先輩64」