川良武徳・智笑ご夫妻

「いつまでも」

川良 武徳・智笑ご夫妻 かわら畳店 代表

yoroshiku_65.fw“女房と畳は新しい方がいい”などと申しますと、“こっちだって新しい亭主の方がいいわよ”と応酬されることがあります。でも、これは“古いものはダメ”という意味ではなく、いつまでも新鮮であって欲しいとの願いを込めた言葉だそうです。意外に誤解されてるんですね。

 

 

 

 

 

ああ、申し遅れました。私は川良家で大切に保管されておりますオート三輪でございます。主人の武徳さんは42歳、奥さんの智笑(ちえみ)さんが39歳。本日は、私が最後に活躍していた昭和40年代半ばに生まれた二人の馴れ初めなどをお話し致しましょう。
 武徳さんは三代目なのですが、高校卒業と同時に、特に跡取りになるつもりもなく、京都に修業に出ました。
「ところが、次第に仕事が面白くなりましてね、7年後に実家を手伝うようになったんです」
そんな折り、知人から紹介されたのが智笑さん。
「彼女とは学生時代のアルバイト仲間だったんですよ。私が大村に勤めている時でした」
それから2年後に、取り敢えず入籍。
「父が病弱でしたから急いだんです。でも、その後あっと言うまもなく亡くなりました」
ですから結婚式を挙げたのは、さらに1年後でした。
「父とは仕事のやり方で、何度も言い争いましたけど、一緒に働いたのは僅かの間でしたね」
お互いに職人気質ですから、無理もありませんが。

智笑さんも、その点について語ります。
「主人は偏屈で、人付き合いも苦手。趣味らしいものもなくて、家にいるのが好きなんですよ。古い物ばかり集めて楽しんでますけど・・・」
「古い物って、ほのぼのとしていいですよね」
そう、ここには懐かしいラジオや品物が数多く置いてあるんです。
「そのせいか、主人は子供っぽくなって来ました。だから私がいないと、この人は溶けちゃいますよ。仕事以外は何も出来ないんですから」

 

 

yoroshiku_65_02.fwでもね皆さん、ここだけの話ですが、独身時代
の武徳さんは、何かと託つけて大村の智笑さん
のもとに頻繁に通い詰めていたんですよ。智笑
さんがいつまでも初々しく、そして古い私が今
もピカピカなのは、あの頃と変わることのない
慈愛に満ちた武徳さんのお陰なんです。有り難
いことですよ。女房と畳とオート三輪は、新し
い方がいいですものね。

 

 

2010年10月vol.72 「よろしく先輩65」