松尾五郎・あいご夫妻

「楽園」

松尾 五郎・あいご夫妻 マグロ漁師 壱岐市在住

yoroshiku_70.fw“蠅が多くなると、マオリ人は皆それをよろこんでいた。マグロが来るからだ。子供も女達も三週間かけて、椰子の葉の網を使って珊瑚礁で餌の魚を捕る”画家ポール・ゴーギャンは、二年余り滞在したタヒチでの暮らしを紀行文『ノア・ノア』に書いている。彼自身も、島人と共に二匹のマグロを釣り上げた。

 

 

 

 

 

「先ず、餌のイカを捕るんです。それからマグロを狙うんですよ」
漁の話になると、五郎さんの目は輝きます。一般に漁師の人達は、先を競い情報も秘密にするのが普通だと聞きますが、五郎さんは誰にでも話すそうです。
「生きているのは自分だけじゃないですからね」
さて、そんな五郎さんとあいさんはどこで知り合ったんですか。
「高校の同級生だったんです」
「私は芦辺町で、主人はここ勝本でしたけど」
お互いに、どんな生徒だったのでしょうか。
「僕は野球をやってましたね」
「私はバレーを」

 交際を始めた頃のエピソードは、二人とも見つめ合うだけで多くを語ろうとしません。でも、大方の推察は出来ますよ。すらりと背の高い五郎さん、対照的に小柄だけど、その名の通り何とも愛らしいあいさん。当時から、傍目にも似合いのカップルだったことでしょう。

「高校を卒業して、僕は遠洋に三年出てました」
「私も福岡に二年ほどいて島に戻りました。主人との約束でしたから・・・」

 夜中に漁をする五郎さんと、昼間ヘルパーをしているあいさん。すれ違いが多いのではありませんか。
「シケや天候の関係で、漁は一年の約半分くらいですから、それほど問題はありませんね」
「だから、主人は子供の面倒をよく見てくれます」
「結婚して一番いいと思うのは子供がいること」
「そう。大変だけど子供が一番大切ですね」

 

 

yoroshiku_70_02.fw“さようなら、情け深き土地よ、心よき土地よ、
美と自由の国よ”
ゴーギャンは、タヒチを去る心境をこう綴って
います。壱岐の埠頭をフェリーで離れる時、ふ
と、この一文を思い出していました。毎年、卒
業生のうちで島に残るのは二、三人程度だそう
ですが、都会に出て行った若者たちには、いつ
までも壱岐は心の支え、素晴らしい島であるに
違いないでしょう。

 

 

2011年3月vol.77 「よろしく先輩70」