向浩二・ナターシャ
ご夫妻

「心と心が出会う時」

向 浩二・ナターシャ ご夫妻 長崎市在住

yoroshiku_71.fwグラズノフの管弦楽曲に“君が代の主題によるパラフレーズ”があります。1900年のパリ万博で初演されたのだそうですが、その翌年の万博で人気を得たのが、同じくロシアのマトリョーシカ。これは箱根の“入れ子人形”の影響を受けたとの説があります。どちらも、民族を越えた不思議な出会いを感じさせられますね。

 

 

 

 

 

長崎生まれの浩二さんと、ハバロフスク出身のナターシャさん。知り合った経緯は何ですか。
「僕が、外国人との交流パーティーに参加している時に出会ったんです」
「わたしは、長崎大学などでドクター達の通訳をしていました」
その頃、浩二さんは船に乗っていたとか。
「タンカーの船長をしていました」
「わたしは、ハバロフスクに帰ったんです」
それでも結ばれたのは何故でしょうか。
「船に乗っていると一緒に過ごせませんから、僕が陸に上がったんです」
「そして、わたしも日本に戻りたくなって・・・」
なるほど、あとは聞くまでもありませんね。
 でも、食べ物や習慣の違いなどの壁があったのでは。
「いいえ。ナターシャは見た目はロシア人ですが、中身は日本人よりもっと日本的な女性なんです」
「子供の頃、父の知人から日本土産を貰ったりしていて、日本が気に入ってましたから・・・。和食も大好きです」白い笑顔でナターシャさん。
では、結婚に際しても何も問題はなかったんですね。
「ええ。僕の父がナターシャをすごく気に入ってくれましてね。むしろ背中を押されたくらいですよ」
「浩二さんは、とても優しい人ですし安心でした」
これからの夢はありますか。
「僕はサッカーが好きなんですが、子供たちに外国のDNAが入ったから、プロのサッカー選手にしたいですね」
「わたしは、皆で仲良く過ごせたら幸せです」

 

 

yoroshiku_71_02.fw取材を終えて、車窓から手を振ると、ナターシ
ャさんは軽く会釈を返しました。まるで和服の
女性みたいに・・・。マトリョーシカの中身が、
次第に日本人形に変わっていくような印象でした。
 言葉の壁は、完全に払拭されているわけではな
いそうですが、二人は理屈を越えた世界で愛を育
んでいるんですね。

 

 

2011年4月vol.78 「よろしく先輩71」