宮本明雄・敬子ご夫妻

「ここに幸あり」

宮本 明雄・敬子 ご夫妻 諫早市長

yoroshiku_73.fw諫早の“市の木”は肥前眞弓。種類は多少異なるかもしれませんが、ニシキギ科の眞弓は古くから弓の素材だったとされます。そのせいでしょうか、眞弓は弓の美称でもあります。

 

 

 

 

 

まず、知り合った経緯を教えて下さい。
「私は弓道をしていたのですが、後輩を指導するために高校の弓道部に出向いていて、そこで知り合ったんですよ」眼鏡の奥で目を細めて明雄さん。実家が諫早神社の宮司ですから、神事との関係で始めたのでしょうが、敬子さんはなぜ弓道を。
「私は不器用で運動が苦手でしたから、弓ならあまり動かないでいいだろうと思いまして」

 七つ違いの先輩と後輩。その後の交際は。
「年に二、三回くらいグループで付き合ってました」
「スキーにも行きましたね」
 穏やかな声で敬子さん。結婚を意識し始めたのはいつ頃だったのでしょう。
「私が二十八、彼女が二十一の頃でした」
 何か切っ掛けがあったんですか。私の父が司法書士で、そのお手伝いで市役所に出入りしてましたから・・・」と敬子さん。「まあ、ごく自然にね」明雄さんは照れ笑い。

 お互いの性格は似ているんでしょうか。
「いや、まったく正反対でしょうね。私は計画好きで、外に出るのが好きですが・・・」と明雄さん。
「苦手ですね、私は。それに出不精なんです」
明雄さんは日曜大工が好きで、かなりのレベルだと敬子さんは話します。そして「私は不器用で」と謙遜。
「でも、神社の仕事や、両親の介護では彼女の頑張りに感謝していますよ。大変なのに、よく頑張ってくれて・・・」明雄さんは言葉を噛み締めるように敬子さんを称えます。

 

 

yoroshiku_73_02.fwところで、弓矢のことを、古くは幸(サチ)と呼ん
だそうです。獲物が捕れるのですからね。そして
更に、“幸”の字は“短命の逆”つまり長寿を表しま
す。食べ物に恵まれて長生きできるのなら、文
字通りに“しあわせ”ですよね。二人の様子を窺
ってますと、なんだか敬子さんが弓で、明雄さん
が矢のような関係のように思えます。力を合わ
せ、心を寄せ合う二人の先には、どんな的がある
のでしょうか。因みに“的”は、これまた古くは“い
くは”と読み、弓と矢を表すのだそうです。二人
の目標は、きっと“二人らしさ”なのでしょうね。

 

 

2011年6月vol.80 「よろしく先輩73」