第1話 妻の実家

わたしの家内の実家は鹿児島県の知覧にある。もう、かれこれ40年余は通っているはずである。長男の大吾も知覧で生まれた。まだ、知覧が有名になる前で素朴で清潔な街であった。街中の小川には鯉が泳いでいて、よく餌をやった。武家屋敷には家内の友人の家があり、お茶や団子をご馳走になった。「かからん団子」という団子である。「この団子を食すると病気にかからん」の意味があるらしい。知覧の図書館にもよく通い、知覧と西の果ての島の人との交流や特攻隊の話を「知覧にて」で書いた。いまは記念館も特攻観音もよく整備されていて清潔である。初めて知覧を訪れた日が忘れられない。家内は先に実家に帰っていた。鹿児島市からバスである。七曲りか八曲がりの峠を越えて1時間もすると知覧である。日はとっぷりと暮れている。家内は「知覧からタクシーで来い」という。タクシーで暗闇の小山を超えると家内の実家である。真っ暗闇である。タクシーの運転手がクラクションを鳴らすと暗闇の中に懐中電灯の火が揺れた。