松田孝英・千嘉ご夫妻

「末広がりの心」

松田 孝英・千嘉ご夫妻 レストラン ル・オンズィエム

yoroshiku_84.fw ヨーロッパの青空を見上げていると、無数の飛行機雲が縦横に走っているのを見掛けます。ラッシュ時だと、まるで航空ショーを眺めているように次々と増えていきます。それほど多くの人や物が、国境を越えて運ばれているんですね。

 

 

 

 

 

孝英さんは飯盛の出身、千嘉さんは奈良の出身だそうですが、二人が知り合った経緯を教えて下さい。
「僕が大阪の調理師学校に通っているときに友人がいたんですが、彼女は、そのお姉さんだったんです」
「弟の友達だっただけですし、両親も知ってましたから、特別に意識したことはありませんでしたね」互いに顔を見つめ、懐かしそうに話します。
その後、孝英さんはドイツに渡ったそうですが、結婚に至ったのは何故ですか。
「一時帰国した時、食事の後で飲みに行って・・・」
「そう、パスティスをね。その時に彼が熊のぬいぐるみをプレゼントしてくれたんです」
「その後、僕はドイツに渡り、彼女もイギリスに短期留学したりして別々だったんですが、手紙や電話で繋がってました」
「私がドイツに遊びに行ったりもしましたけど」
「その後、僕はフランスに渡ったんですが、そこで結婚しました」孝英さんはとつとつと話します。
「別に彼を意識していたわけではないんですが、加点的に少しずつ好きになっていったんですね」
「彼女も気さくな人でしたし・・・」

 家庭ではどちらが料理を作るんですか。
「基本的には彼女ですが・・・」
「あれこれ言われながらね」
「でも、この十年で彼女は腕を上げましたよ。いつも僕の文句を聞いてますからね、当然ですが」
「あら、嬉しいわ」千嘉さんはヒマワリみたいに笑います。

 これからの夢はありますか。
「僕は、子供が跡を継いでくれたらと思います」
「そうね、先は見えないけど、どうにかやっていければいいですね。今までと同じように」

 ところで、孝英さんが料理の道に進んだのは何故。
「小学三年生のある日、祖父にインスタント・ラーメンを作ってあげたら“旨い”と喜んでくれましてね・・・。だから、将来は料理で人様に喜んでもらえたらと思ったんです」
お祖父さんの、何気ない一言が、波紋のように拡がったおかげで、二人も出会えたんですね。

 

 

yoroshiku_84_02.fw今日も、ヨーロッパの青空には多くの飛行機雲
が膨らんでいるのでしょうね。中には、あの頃
の二人のように、将来を夢見て互いを訪ね合う
人も乗っていることでしょう。

 

 

2012年5月vol.91 「よろしく先輩84」