パートナー考

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様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第3話 裏通りの絆 その3

 私と義父との間には確執があった。明治生まれで几帳面で頑なな義父と、団塊世代で大阪の下町育ちの私が合う訳がなかった。退職後、自宅で図面の仕事を続けていた義父を頼り、設計仕事を教わり、5年目に義兄夫婦が戻って来、10年目に私は義父から独立した。
 義父は三菱在職中に飽の浦で被爆している。
 私が独立して5年目に、義母が入院した。義父は病院通いを始め、義母が亡くなるまでの12年間、病院通いを続けた。
 4キロほど離れた病院に義父は歩いて行き、肌艶もよくなり、義母を見舞うことが生甲斐になっていった。被爆による後遺症に悩まされ、心がフリーズしてしまった義父を生かすために、寝たきりになった義母は、自らも生き続けたのではないかと、私には思えた。
 和蘭の栽培が義父の唯一の趣味だった。春蘭の花が咲く頃になれば、その薫りと共に義父のことを、思い出している。

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