第40話 「風になろう、飛んでいこう」

九月の声を聞きますと、今も風の盆の哀調が耳元によみがえります。越中、富山、八尾(やつお)に伝わる実に静かで、深い男と女のさりげないからみ合いがこころにしみます。三味線と胡弓、そしておはら節の男性の高音。八尾には宿が数件しかなく、夜も10時を過ぎますと、観光客も引いてしまい、本来の風の盆に戻ります。胡弓と三味、足音もなく静かに進む男踊り、女踊り。どこかできっと目と目、こころとこころはからみあっているであろう見事な一対の夢、幻。
 この八尾の風の盆を知ったのは高橋治さんの小説「風の盆恋歌」(新潮社)に出会ってからです。根気のいる小説ですが、大人の恋の不思議に満ち満ちたとても崇高な生き方だと、私は感じいりました。立春から二百十日の荒ぶる日を選んで男と女の無言で通り過ぎて行く風の舞を、もう一度舞ってみたいと思う年になりました。気持ひとつで風になれます。どこへでも飛んで行けます。八尾の風の盆は九月の一、二、三の三日間です。