パートナー考

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様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第2話 「家族と繋がることの力」

 前回は、私は賛成することのできない、パレハというスペインの男女の関係を書いたが、 今回は逆に共感できることを書きたい。 ここスペインでは多くの人が自分の赤ちゃんに家族や親戚と同じ名前を付ける。例えば、お父さんの名前がルイスだとすると、長男もルイス、その他、親戚の多くにルイスが何人もいるのである。女性も同じである。今みたいに、個人が電話を持つ時代ではなかった時は、電話口で「ルイスさんお願いします。」と言われても「どのルイスですか」となっていたそ うだ。 おかしくて笑ってしまうが、私は、このネーミングの文化が好きだ。家族の絆を感じるのである。それは自分の人生が誰かの人生に繋がっているということなのだ。自分の帰る場所や、自分が何者なのであるかを、そして過去、現在、未来と変わることのない何か大切なも のを受け継いでいるように思える。 誰かの人生が自分の人生に繋がっていると感じる時、人は、もっと自分の人生の選択に最善を尽くすのではないかと思う。私の前を生きた人々が、人と向き合い、そして通じ合い、自分の自由よりも何か普遍的な大切なものに価値観を置いてくれたから、今の私が存在し ていると感じる。それを考えると、私の中では結婚は永続する貴いものなのである。

  • 投稿者:山田
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様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第1話 「婚カツならぬ愛カツ???」

 私の住んでいる国、スペインはすごく社交的な人が多い。週末のパーティーやイベント、そしてバルでタパスを突きながら何時間もワイワイとやっている。当然、出会うべくして男女は出会う。恋人や特別な人をゲットしてさらに、自分の生活に活力と喜びを見出しているように見える。しかし結婚はしていない人が私の周りを見渡しても多い。パレハという言葉があるが、それは結婚をせずに恋人やパートナーと暮らすという意味だ。同棲というよりは事実婚と言ったほうが、いいのか…結構多い確率でそのような男女に出会う機会がある。日本と違ってそれを隠す人はあまりいない。友人や会社の同僚にも「彼または彼女は私のパレハよ。」と紹介するのである。それを受ける人の方も普通にあいさつなどしているのである。「家族と仕事、そしてそれぞれ個人に必要な時間や事柄についてバランスを取ることが難しい今の時代には、それは快適な男女のあり方である。」とある人が言っていた。私は、やっぱりその考え方には賛成できないなと思うのである。しかしながら、私も含めてどれだけの人が「なぜ結婚するのか」という問いに明確な説明ができるのだろうか。物事の価値観や個人の生き方が多様化してしまって何でも有りみたいな風潮もある。自分にとって特別な誰かは欲しい。そしてその人を愛したい。でも結婚はちょっと…それでも人々は出会いを求めて外に出る。婚カツならぬ愛カツなのである。

* バル…バーやカフェ

* タパス…ドリンクを注文するとついてくる小鉢の軽食

  • 投稿者:山田
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