パートナー考

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様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第3話 「賭け」

「一世一代の勝負をするために
僕はそこで何をかければよかったのか
(中略)
さて 財布をさかさにふったって
賭けるものが何もないのである
僕は僕の破滅を賭けた
僕の破滅を
この世がしんとしずまりかえっているなかで
僕は初心な賭博者のように閉じていた目を見開いたのである」
(「賭け」『黒田三郎詩集』)

お金もなく、職についたばかりで結婚相手を決めたとき、まさにこんな気分であった。でもそんな瞬間があったことなど、普段は思い出すこともない。振り返れば、赤面しつつしばらく若き日のことを考えて感慨に耽ってしまいます。いまでは、相手を女性の「あなた」として見ることよりも、同志を中国語読みしてドンチィとお互いに呼び合う。

こんな風に性を超越して本当のパートナーであることが長続きの秘訣です、といいたいところですが、実は僕自身あのころと何も変わっていません。鈍感であることが大事なことかもしれないと思うのです。

  • 投稿者:堀田
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様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第2話 「『喜びも悲しみも幾歳月』も共感」

私は生まれてから大学を卒業するまで北海道の田舎で過ごしました。先祖は農耕馬が農業や輸送の主要な手段であった頃、馬蹄職人として津軽海峡を渡りました。現在存命の90歳近い両親の頃には、北海道開拓の時代はすでに終えんを迎えて廃業し転々と移り住みました。最後に行き着いた土地が映画「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年、木下恵介監督)の舞台になった札幌近郊の石狩灯台ちかくの住宅街です。

全国の灯台を転々と移動する灯台守の人生を描いたこの映画の末尾で、主人公夫婦はエジプトに向かう娘夫婦の船を見送りながら「子どもを育てて本当によかった」とつぶやきます。隠遁生活を送る両親は今でも一緒にこの映画のVTRを擦り切れるほどに繰り返し鑑賞しています。

パートナーとのつながりで最も大事なことは「共感」すること。私自身まだ過去の「喜びと悲しみ」を振り返る余裕はありませんが、老いた平凡な夫婦と一本の映画の関わりから、そんな風に思えてきます

  • 投稿者:堀田
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様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第1話 「辛抱第一」

気がつけば、今年で結婚30年を迎えます。
社会人生活の大半を、新聞記者として過ごしました。会社を辞めて学術の世界に飛び込んで大学院に飛び込んだのが10年前のこと。大学教員として富山県を皮切りに二年前に長崎にまいりました。東京の自宅から離れての単身赴任は6年になりました。よく夫婦関係が続いていると実感します。
そんな結婚生活を振り返るときに思い出すのが、記者時代にお世話になった三重野康・日本銀行第26代総裁が結婚式の祝辞に好んで使った言葉です。
「健康第一」、「いたわり第二」、「辛抱第三」。
祝辞にしては素っ気ない…。最初に耳にした時、そんな気がしました。が、30年間を振り返ると、実に奥の深い言葉であるように思えてきます。とくに優しさと同義語のような「辛抱」という言葉は、私にとっては第三ではなく第一が適当かもしれません。「辛抱」した度合いは、おそらく相方の方が遥かに大きなものなのでしょうけど。

  • 投稿者:堀田
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