パートナー考

partner

様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第3話 「家庭の料理」

 毎日食べてもあきることのない家庭の料理は“すごい” それは長く続いた日本人の知恵と各家庭で育まれた歴史だと思います。同じものを同じ食卓で食べる何でもない事の様ですが、現代では何でもないあたり前の事が出来にくくなっています。
 家庭で料理を作って家族で食べる事によって、いつの間にか家族の絆は磨かれ高められていくと思います。
 「ごちそう」とはめずらしいものや高価なものを言うのではないと思います。料理を吟味し心をこめてていねいに作る事、健康を願い幸せを願う事は祈りにも似ています。これが「ごちそう」だと思います。その様な家庭が日本にふえます事を願います。食育の原点は家庭での温かな食事からはじまります。
 幸せな食卓を囲む家庭がたくさん増えます様に心から願います。

  • 投稿者:管理人
  • 更新

様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第2話 「家族になって得るものは」

 私が結婚しましたのは昭和三十六年、戦後の色もまだ残っていた時代でした。新婚旅行は宮崎が主流で、宮崎へ行く新婚旅行の歌もヒットしていました。結婚しましたら夫の家で両親と同居が当たり前といった時代でした。夫は長く続いた家業を継いでいましたので転勤の人がどれほどうらやましかった事か。姑からは、よくしかられ、若かった私はよく泣きましたがケロッと忘れ、三人の娘と元気でした。これが若さなのでしょう。毎日注意されるので私はノートに書く様にし、行事のことや食事のことなどを書いたものは三十冊程になりました。今読み返してみますと、姑も、いやな顔した事もたくさんあった私によく根気強く教えてくれたなあと感謝のみです。
 家庭の仕事は、ほとんど何も残らない事が多い中で「無功用」と言う言葉に出会いました。無心でやる事、心をこめると言う深い意味の言葉です。人生は本当に深く年と共に味が出てくる様に思います。

  • 投稿者:管理人
  • 更新

様々な分野で活躍する人たちが考える、男女の距離感

第1話 「男女にも言えること」

 1571年ポルトガル船の入港によって、長崎の町は大きく変わりました。長崎はポルトガル領となり西洋風な建物、教会が出来、長崎の人々の暮しも大きく変ってゆきました。今に至る食文化もそのころ入って来たものが多く現在まで残っています。「カステラ・天ぷら」等もポルトガルの人から伝わったものです。それを長崎の人々は広い心で受け入れ、日本人の口にあう様に変化させてゆきました。それは、日本中に広がりをみせてゆきました。西洋のパンの様なものでしたカステラも長崎の職人の研鑽により和菓子の域に達し、又、天ぷらは日本を代表する和食となりました。西洋からだけではなく唐からも多くの文化が入って生活の中に根ざして来ました。先人達が大きな心で受け入れ歴史を作り、現在まで残り文化となった知恵を大切にしながら、現在の私達も人も文化もまず受け入れてみてはどうでしょうか。寛容な心こそ自分の幸せにつながるのではないかと思います。

  • 投稿者:管理人
  • 更新

PAGE TOP