よろしく先輩

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藤永 大作・舞ご夫妻

「ファッショナブルに生きる」
藤永 大作・舞ご夫妻 アパレルショップ,リラクゼーションサロン経営(長崎市)

藤永 大作・舞ご夫妻

大作さんは長崎市の崇福寺に近い油屋町で洋服や帽子などを商い、舞さんは別にリラクゼーションサロンを営んでいる。

■クラシックカーに興味

中学時代からクラシックカーに興味を持った大作さん。21歳の時に初めてクラシックカーを購入、趣味が高じ、29歳で出身地の西彼時津町に専門店を開いた。アパレルショップで扱っているのは、すべてヴィンテージ(年代物)風を基調に現代の感覚をアレンジした商品。舞さんはエステの学校を出て、29歳の時にまず自宅で開業した。

二人の馴れ初めは6、7年前に友人の紹介で参加したイベント。大作さん34歳、舞さん27歳だった。頼りがいがある大作さん、明るく元気な舞さん。互いが気に入り、一昨年、入籍した。「何事も率直に言い合い、隠し事をしない」。互いを「ひょうきん」だとも評す。だから、周りからは「あんたたちは、いつも仲よかね」と言われる。趣味は大作さんがドライブ、舞さんは10年ほど前から続けているベリーダンスだ。

大作さんの店の特長は、個性的な商品を揃えているところ。長崎県内で唯一「GLADHAND」(グラッドハンド)の4ブランドを取り扱っている。靴も「リーガル」との、バッグも「吉田カバン」とのそれぞれコラボ商品だ。このほか、メガネ、ベルト、ネクタイなども落ち着いた、おしゃれなものが多い。

■「個性が奏で合う独自性」

厳選した商品の魅力を大作さんに尋ねると、「着用する人の個性と品物の個性が奏で合う独自性」。その人ならではのファッション、「オンリーワン」に近い。「トラディショナルな、古き良き時代。現代人にとっては無駄なところが多いかもしれませんが、ヴィンテージ風のものに現代性を加味した商品は味があります」。コストパフォーマンスを何よりも優先する今の風潮だからこそ、質と個性を重視した品物が光る、希少価値がある。

商いを始めた当初は苦労もした。仕入れ先の信頼をつかみ、満足できる品を揃えるまでには、やはり一定の年数がかかったという。「お客様が試着して『かっこいい』と喜んで購入してくださった時は、喜びもひとしおです」と語る。心掛けていることは、「お客様にはうそをつかない。自分にはね返ってくる」(大作さん)、「お客様には正直に対応、満足して帰っていただく」(舞さん)だ。

今後の抱負を大作さんは「現状に満足せずに上っていきたい。そのためには、長崎の人たちにもっとセレクトした品物の良さを知ってもらうのが一番」、舞さんは「二人で頑張って、楽しく過ごせれば」と笑顔で話す。扱う品物と同様、二人の姿、生き方もファッショナブルに感じた。

2017年10月 Vol.153「よろしく先輩146」

 

  • 投稿者:堀田
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竹村 義隆・依都子ご夫妻

「あるがまま、穏やかな時を」
竹村 義隆・依都子ご夫妻 飲食店経営(長崎市)

竹村 義隆・依都子ご夫妻

■ワインバーでの出会い

二人とも長崎市出身。26年前、義隆さんが25歳、依都子さんが20歳のころ、出会った。義隆さんのワインバーに、依都子さんがお客として来た。

依都子さんは「すごく大人に見えて、しっかりしているなって感じました」。一方、義隆さんは「最初は特にいいとも思わず4年間付き合ったけど、わりかしいい奴だなと思うようになりました」と話す。
二人は高校の先輩後輩だと分かったこともあって、徐々に打ち解けていく。当時商売を始めたばかりだった義隆さんには、「店をもっと大きくしたい」という目標があった。時間を見つけては、勉強のためいろんな店へ出かけていく。依都子さんもよくついていった。「今振り返ると、それがデートだったのかもしれません。でも、仕事の話ばかりしていましたね」と笑う依都子さん。

23年になる結婚生活。義隆さんは「とにかく彼女のありがたさを感じている」と話し、依都子さんは「無我夢中でした」と振り返る。

二人には、大学生と高校生合わせて男女3人の子どもがいる。夫が夜遅くまで働く日々、依都子さんは夫の思いも受け止めて子育てに奮闘した。今、依都子さんは店の経理を含めた事務仕事も受け持っており、義隆さんは「自由な時間や休日もなかなかない中で、本当に一所懸命励んでくれている。仕事と生活の両面にわたって彼女の助言は大きい」と感謝する。

二人の自宅の近くに義隆さんの両親が住んでいるため、依都子さんは毎月義母を車で墓参りに連れて行く。依都子さんが塾をやっていたころは、義母が子どもたちの面倒を見てくれた、という。

■1軒の店の中に3「店」

二人が開いている浜の町(鍛冶市通り)の店「LALA VISTA NAGASAKI ゑびす屋」はオープン4年目、ユニークな店だ。1軒の店の中に、和食、鉄板焼き、ワインバーの3「店」がある。義隆さんが考案した。店構え、内装ともシック。「おしゃれで、どこか旅行に来てるみたいって、よくお客様から言われます」と依都子さん。義隆さんは「雰囲気から、高いのではと思われるみたいですが、全然そんなことはないんです。お気軽にお越しください」と笑顔でアピールする。

店には、あと二つ特徴がある。和食の店には珍しいソムリエール(依都子さん)がいることと、600種類超の収納を誇るワインセラーを備えていることだ。

店の仕事と生活について、義隆さんは「今のこの時を大切に、今を最高の時間にしたい」、依都子さんは「周りの人を大事にしながら、お客様が喜んでくださるように真心を尽くしたい」と話す。

好きな言葉は「それでいいのだ」(義隆さん)、「和顔愛語」(依都子さん)。「それでいいのだ」は「あるがままに」という意味だ。余暇は多くないが、義隆さんは2年前から再開したロックバンドの活動、依都子さんは体にいいものやコストパフォーマンスなどについて、勉強を重ねている。

2017年9月 Vol.152「よろしく先輩145」

  • 投稿者:堀田
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荻原 宏隆・舞ご夫妻

NANAIROの夢描く
荻原 宏隆・舞ご夫妻 飲食店経営(長崎市高島町)

荻原 宏隆・舞ご夫妻■千葉県から移り住む

長崎港から船で35分の高島。千葉県から移住してきた30歳代カップル、荻原宏隆・舞さんが、地元の人たちに見守られながら、島で唯一の「食堂」=ダイニングカフェ&バー= を切り盛りしている。高島港フェリーターミナルの一角。店のイチ押しは宏隆さん手作りの「ジャークチキン」(700円)。カリッと焼いたチキンに、スパイスの利いたジャマイカ風オリジナルソースを絡めて食べる。

店には、レゲエの陽気でリズミカルな曲が流れている。宏隆さんたちの音楽グループ「RAINBOW MUSIC」が4月にリリースしたCD「YELL(エール)」の1曲。宏隆さんは、先に高島へ移住した福島のライブハウスのオーナーから「いい所だよ」と声を掛けられ、1月に高島へ越してきた。「ゆっくりした時間が流れているところに魅力を感じた」

舞さんとの出会いは5年半前。宏隆さんが勤めていた広告代理店に舞さんが入社してきた。宏隆さんは舞さんの「華やかな雰囲気。それでいて、しっかりしたものを持っている」ところに、舞さんは宏隆さんの「仕事している時の姿が格好良くて、目が輝いている。気持ちも優しい」ところにそれぞれ引かれた。2年後に結婚し、3歳の彩人(あやと)ちゃんと2歳の維人(ゆいと)ちゃんがいる。

高島はかつて炭鉱全盛期に人口密度日本一だったが、今は総人口400人余り。少子高齢化が進む中で、4人の存在は貴重だ。「島の人たちはとても親切。開店の時の冷蔵庫も頂き物です。何も買わずに済みました」(宏隆さん)。舞さんも「島の人たちはまるで親戚みたい。近所のおじさんが釣ってきた魚を持ってきてくれる。小さな子どもも珍しいので、みなさん可愛がってくれます」とほほ笑む。
高島には釣り客らもよく訪れるため、宏隆さんは弁当も作って配達している。「『助かるよ~』と喜んでもらえるのがうれしい」

一方、舞さんは長崎市本土の香焼で工場従業員相手の弁当屋の仕事もしているため、子ども二人を幼稚園に預けて船で往復する毎日。夏場は隣の伊王島で海の家の仕事にも携わる。

■気負わずに自然体で

それぞれ仕事に子育てにと忙しいが、二人は自然体で、気負ったところがない。宏隆さんは小さいころから、決められたことをやるのが苦手で、自らの意思で何でも行動するタイプだった。彩人ちゃんと維人ちゃんにも「子どもたちが自分で考えたことを自分なりにやってみることが一番」とエールを送る。舞さんは「彼の音楽がもっと多くの人に愛されたら。そして、この島で家族が楽しく生きていけたら幸せ」と穏やかに語った。

宏隆・舞さん一家は、優しい高島の人たちと美しい海に囲まれながら、人生という広いキャンバスにどんな絵をかくのか。きっと、個性ある糸で自由に紡ぎ出し、彩なす七色のグラデーションで人を癒す作品に違いない。

2017年8月 Vol.151「よろしく先輩144」

 

  • 投稿者:堀田
  • 更新

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