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松永 良二・京子ご夫妻

「人生の名バッテリー」

松永 良二・京子ご夫妻 喫茶レストラン経営(松浦市志佐町)

 2200年前、中国から不老不死の薬を探しにやってきた徐福の伝説が、日本各地にある。良二さんと京子さんは、その一つ、松浦市の不老山を望む高台に退職後の終の棲家を求めた。良二さんの実家近くの土地約500平米を手に入れ、昨年4月、喫茶レストランを開いた。佐世保、吉井方向から県道40号を北上、志佐川に架かる庄野橋の手前を左へ少し上った所。伊万里湾も望め、吹きわたる風が心地よい。

 「柞の木」の店名は、良二さんが小さい頃、実家や周辺の柞の木に登って遊んだ思い出から付けた。柞は柘植(つげ)の木よりも硬く、昔は櫛を作って神前に奉納していたという。

 

 速球と巧みなリードで

 二人は、勤務先の名古屋の電気工事設計施工会社で知り合い、良二さん25歳、京子さん24歳の時に結婚した。良二さんは「私は大雑把でガンガン行くが、彼女は真面目。落ち着いて考え、私にストップをかけてくれる」、京子さんは「仕事にすごく一所懸命で、行動力があるところに引かれた」と語る。

 野球のポジションに例えると、良二さんが打者の胸元をぐいぐい突く本格派の速球投手、京子さんはどっしりと構え、ここぞという時に巧みな配球でリードしピンチを切り抜ける好捕手といったところか。

 この名バッテリーに人生の転機が訪れたのは、良二さんの父親が亡くなった2015年7月。良二さんは32歳で自らの電気工事設計施工会社を立ち上げて働いてきたが、故郷へ帰ることにした。もともと、結婚する時に京子さんに「いずれは松浦へ帰りたい」と伝えていた。

 「それにしても、決めるのも、決めてからも速かったですね」と、笑いながら振り返る京子さん。土地の選定・購入、建物の設計施工、店運営の研修、開店と、その果敢な動きはまさに速球投手の本領発揮だった。良二さんは「やるからには徹底してやりたい」と基本設計から材木選びまで自分で手掛け、外観、内装とも、瀟洒な建物に仕上がった。二人ともガーデニングが好きで、建物の周辺にはバラやハーブなどの植栽も多く配している。

 

 コーヒー本来の味わい

 店の一番の特徴は、名古屋の会社「富士コーヒー」と提携して、同社独自の豆からフレンチ方式で作り出していること。だから、コーヒー本来の深い味わいがある。ほかにもこだわりは多い。かき氷の氷は、地元の遠洋旋網組合が4日間かけて製造する不純物のないもので、野菜も新鮮な地元産。県の「健康づくり応援の店」の指定を受けている。「ノリタケ」の、今は貴重となった器の数々も、愛好者にとって何とも魅力的だ。

 二人三脚でたどり着いた田舎の「楽園」。

二人は「ここが皆さんの気軽に集える場所になればうれしい」と、「人生のクライマックスステージ」に静かに臨む。柞の木のように固い絆で結ばれたバッテリーを、伊万里湾の残照が柔らかく包んだ。 

 

 

 

 

 

2018年11月 Vol.164「よろしく先輩157」

  • 投稿者:堀田
  • 更新

前山 守・智美ご夫妻

「ゆっくり流れる、穏やかな時間」

前山 守・智美ご夫妻 自営業・会社員(長崎市)

 共にギターを演奏する。「ゆっくり流れる穏やかな時間を二人で共有できるのがうれしい」と言う。

 感じさせない「年齢差」

 結婚して7年目。守さん61歳、智美さん45歳だが、そんな「年齢差」を感じさせない。二人とも長崎市内の出身で、守さんは石橋電停近くの実家で老舗の餅・饅頭店を営み、智美さんは図書館関係の仕事に従事している。

 知り合ったのは10年ほど前。守さんがライブ演奏していたレストランへ、智美さんが客として行った。彼女は女性3人でロックバンドをつくったばかりだった。「彼がジョー・ヘンダーソンの曲を演奏していたので、思わず声を掛けたんです」と智美さん。それを機会に、守さんからギターの手ほどきを受け始め、やがて自然と交際、恋愛、結婚へ。

 守さんは言う。「この人となら将来もずっと一緒にいるだろうなとすぐにイメージできた」。横で智美さんが「私もそうだった」とうなずく。智美さんの友人たちも、付き合い始めた二人のことを「まるでずっと何年も連れ添ってきた夫婦みたいに、しっくりしている」と言い合っていたという。

 年齢差から、智美さんの母親は最初結婚を心配したが、守さんと守さんの母親が一緒に智美さん宅に挨拶に行くなどして、徐々に打ち解けていく。

 二人を結び付けた「音楽」。守さんは高校、大学時代、スタジオで仲間と一緒に演奏していたが、人前で本格的にやるようになったのは、50歳近くになってから。一方の智美さんも高校でギタークラブに所属していたものの、腰を据えて取り組むようになったのは、10年ほど前からだ。

 

 夫婦で息の合った演奏

 9月のある夜、長崎港に面した出島ワーフの2階から日野皓正さんのトランペットの見事な音色が響き渡った。この時、地元の演奏家たちと共に、ギターで場を盛り上げたのが、守さんと智美さんだった。キャリアがある守さんはロック、ブルース、ジャズとオールラウンドにこなすが、智美さんのベースギターも日野さんのバンドのベーシストから絶賛された。

 結婚当初、智美さんは守さんが週末の夜ごと演奏のため家を空けるため、寂しい気持ちになることもあった。しかし、今は二人一緒にあちこちで息の合った演奏を披露し、充実した「時」を分かち合っている。

 「周りの人たちにすごく応援してもらい、感謝している」(守さん)、「いろんな人が喜んでくれ、嬉しい」(智美さん)。そう語る二人によく寄せられる言葉が、「夫婦で演奏できるなんて、うらやましい」。

 「今が理想。このまま時間がゆっくり流れていってくれたら」と口をそろえる守さんと智美さん。故郷の街を舞台にした二人の「人生のセッション」は、これからが佳境だ。

 

 

 

 

 

2018年10月 Vol.163「よろしく先輩156」

  • 投稿者:堀田
  • 更新

陣野 誠・里佳ご夫妻

「マイナスイオンの癒し」

 陣野  誠・里佳ご夫妻 会社員(長崎市)

■共に慣れ親しんだ地域

 長崎市の新大工町商店街から片淵、夫婦川町、西山、伊良林一帯には、地域の絆がまだ残っている。誠さんと里佳さんは、西山川や御手水川の流れと「城の古址」(しろんこし)の緑に囲まれたこの土地で育ち、今も暮らす。二人とも「実家が近いし、慣れ親しんだ地域だから、空気感が好き」と口を揃える。

 2年前の正月、知人の紹介で知り合った。誠さんは38歳で、火力発電のプラント関係の仕事に従事、一つ下の里佳さんは実家の新大工町商店街の饅頭店で働いていた。初めて会った時の印象を、誠さんは「しっかりした人だな」、里佳さんは「真面目な方だな」と感じた。結婚を前提に交際を始め、その年の12月にゴールインした。

 結婚の決め手について、誠さんは「気を遣わなくて、リラックスできるのが良かった」と語る。里佳さんは初対面から4カ月後、誠さんが長期出張に出かける直前、「出張から戻っても互いの気持ちが変わっていなかったら、結婚して」と言われた際、「ハイ」とすぐに答えていた。やはり、何か心の中に強い結び付きを感じるものがあったのだろう。

 今は9カ月の長女・楓佳(ふうか)ちゃんと3人暮らし。里佳さんは時々、実家の店を手伝い、楓佳ちゃんを一緒に連れて行くこともある。かつて、里佳さん自身、店の看板娘の一人だったが、今では、店先で愛嬌を振りまく楓佳ちゃんが可愛い「看板娘」に。

 

■「1回も喧嘩してない」

 結婚して約1年半、二人は「喧嘩したことはまだ1回もない」と話す。「喧嘩にならない」訳は、互いに相手の言うことにしっかり耳を傾け、そのうえで語り掛けるから。「聴いていると、納得する」という。

 もともと料理が好きな誠さん。里佳さんが実家の手伝いを終えて帰宅する時は、会社が遅くならない限り、食事の用意をして待っていてくれる。洗濯や楓佳ちゃんの入浴は誠さんの日課だ。

 里佳さんは誠さんから「癒しをもらっている。マイナスイオンを」と表現する。誠さんは大学時代のアルバイトを含め、いろんな仕事に携わった経験があり、話が飽きないのもあるのだろう。

 ソファに並んでインタビューに応える二人からは、ふくよかで穏やかな雰囲気を感じる。さながら、流れる瀬音と、目に優しい木々。ちょうど、西山川や御手水川と「城の古址」のように。そして、楓佳ちゃんを入れた3人を、二人の実家の家族が支え、地域の人たちが温かく見守ってくれている。

 二人の抱負は、「これからも明るい家庭を築いていきたい」。

そして、「ある程度落ち着いたら、テニスのミックスダブルスでも一緒にやれたら最高」と笑顔で結んだ。

 

 

 

2018年9月 Vol.162「よろしく先輩155」

  • 投稿者:堀田
  • 更新

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