店主が居酒屋を営む江戸町界隈は、結構緑の多い地域です。県庁の庭、江戸町公園、出島通り沿いの銀杏並木。ここ数日、一気に春めいてあたたかな日が続いています。木々もいっせいに芽吹きました。殊に銀杏の若芽の浅い緑の連なりは、新しい季節への希望を語りかけてくれています。季節の移ろいは、殊に冬から春への変化には勇気と何かしらの幸せの予感が色に空気に装いに感じられて心が弾みます。全てのことが何とかなりそうな気分に浮き立ちます。心地よい流れに身を任せて、突き進むもよし、やがて来る厳しい暑さ、寒さにどのようにでも身を任せ、平常心で立ち向かえる「私は私」の覚悟を大切に守り続けていくための糧とするのもよし。
と申しますのは、今の時代は常に新しいこととの追っかけっこをエネルギーとしているのではなかろうかと私は思うからです。新しい形を作っては壊し、壊しては作り、もし自分流または定型(普通の生き方)にこだわりを持ち続けるとコミュニケーションパワーを失くしてしまうのではないかとの不安が、ふと人やモノを見る目に心にジレンマとして生じがちです。私は会社勤めを辞めてから、パソコンときっぱり縁を切りました。いろんな書き物も全て手書きです。情報だ、機器だと興味を持ち、飛びつくのも結構ですが、使いこなせずに使いこなされている人のなんと多いことでしょう。自分に必要なものをしっかりと見極め、自分の価値観を信じて、どうぞ「私は私」を大切に、勇気、元気で新しい季節の扉を開けましょう。 |

| 最近、若いと申しましても30歳前後の方ですがよくお話をする機会がございます。もちろん未婚の方々です。率直に思いますのは、良い年をして覚悟が定まっていないと痛感するのです。しょせん人は一人では生きていけないと思うのですが、その心情が伝わらないのです。「盛りをば見る人多し、散る花の跡を問うこそ・・・(訓戒和歌集)」今が盛りと信じて、自分を、相手を見つめて見たら、結構、納得がいくと思うですが、自分の盛りばかりが惜しくて、あたらしいご縁がご遠慮してしまっています。先日。傲慢は知恵と勇気の行き止まりというお話しをある所でいたしました。傲慢というのは言葉を変えれば思いあがりということだろうと理解していただいてよろしかと思います。自分に自信を持って生きていくというのはとても積極的でそれが幸せの素だと私も思います。その二つの違いを桜のツボミの今日か、明日かに話そうではありませんか。 |

| 一月の下旬。一週間ほど雨模様の日が続きました。傘をさして歩くと、どうしても目線は下を向きます。と、道路のアスファルトの割れ目からしっかりと二本の緑が目を出しているではありませんか。大きなショッピングセンターの前の通り、人通りも終日多いというのに、その健気さに、ひたむきさにグルーミーな気分もふっ飛んでしまいました。えっ!あらためて良く見ると、その二本の若芽の周りを小石で囲んであるではありませんか。ご注意、ご注意、踏まないでという、どなたかの優しい気配りを感じました。雨も寒さも忘れて、こころの中はいっきに春らんまんになりました。人目も多くあったでしょうに、傘をさして、小石を集めて周りに置いてあげる。やさしさと強さをバランスよく頭と身体で表現できる、つまり自分をさらすことを恐れない素直な日々でありたいとあらためて学ばせていただいた二本の若芽とどなたかのやさしさでした。幸せさがしの大切なヒントがありそうですよ。 |

| 夜寒くて飲む酒は、身体は暖めてくれますが、こころまでは暖めてくれません。冬の夜の一人呑む酒の淋しさは、どんな居酒屋のべっぴんおかみのおべんちゃらでも空しいものです。さらにさらに、募るるのみです。人のぬくもりは、何にも変え難い人間だけが持つ息づかいです。どんな息づかいでも良いのかというと、そう単純ではないから、またやっかいです。日頃から憎からず思っている女性とも久しぶりに盃を重ねるなんて時は、その息づかいの何とも色っぽいことかと、我が身の人間性さえ疑ってしまうほどに心地良いものです。そこまで到る心は女性も男性もかなりな修行が必要です。そう信じれば日々の積み重ねは何の無為もないのです。今日のためです。明日のためです。「私、結婚します。決めましたの。いろいろとありがとう」突然のひと言にも、たじろがず、「おめでとう」と平然と祝福してあげられる息づかいを会得する。そのためにもできるだけ多くの人と、できるだけたくさんのお話をして、自分なりの息づかいと、息つくタイミングを学ぼうではありませんか。気づかい、金づかい、息づかいの上手、下手が人生を決めるといっても過言ではないと私は思いますよ。 |

新春とか、新年とかいうご挨拶よりも私は、“はつ春”というおだやかで、やわらかな言葉に平穏な年への願いを込めてご挨拶申し上げております。2007年の大晦日は行く年を謝し、来る年を寿ぐ絶好の終夜でございました。
年を重ねる毎に、ふと我が身を重ねてしまう和装の男・女が華やぎ添えた、希望の振袖、決意の角結び。
寺町界隈を恒例の鐘付きに廻りました。ゴワン、ゴワンと自らに問いかける鐘の音は、明日ありと信じさせてくれるはげましの絶叫と聞こえました。めり、はりのある日々を送りたいと思う心を励ましてくれる天の声でした。瞬間、瞬間をうめる、無限の人の情け、情愛の深さ。ご縁でございます。見失わないよう目をこらし、こころを澄ましたいはつ春でございます。 |
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