新しい年もそろそろ落ち着いてまいりましたでしょうか。仕事の目標、生き方の決意、人と人との不思議など、学びあり、失意あり、感動あり、そのひとつひとつが人生の心の栄養としてあなたのこころの金庫の中にたくさん貯まりますよう、恐れずにまいりましょうよ。
こころの金庫と申しますと、金庫網という網のお話を聞かれたことはございますでしょうか。定置網という漁法がございます。石垣のように廻りを網でかこって魚を入れていくのですが、網をしぼっていくまでは出入りはかなり自由です。しかしその奥に金庫網というものがあるらしく、ここへ入ったら最後、もう二度と出られないのだそうです。本土から離島勤務へ転勤赴任する若者たちへよく言われるのがこのたとえです。グランド(定置網)の中だけで存分に泳いでいらっしゃい。でもどんなにおいしそうなお魚さんが居ても金庫網だけは入ったらダメよ、と。
でも、喜んで金庫網に入り、子供まで連れて意気揚々と帰ってくる人のなんと多いことか。さて、今年は自分の金庫網をしっかり意識して、磨いて、勇気に致しましょう。 |

始まりはすべて終わりの始まりだとか。自分自身で自分をどれだけ力強くはげまして生きていくかの覚悟を大切に見つめなさい。すべては自分に始まって自分に終わる。結婚なんてまさにこのフレーズにつきるのではないでしょうか。幸せなのか、不幸せなのかは別にしまして、結婚は誰だって一度はするべきものでしょうし、一緒に暮らしながら自分を知り、相手への理解と寛容も生まれてくるものだと思います。うまくいかなければ、失敗も経験。別れてしまえばいいくらいの大らかさでこころを開いてごらんなさい。今は情報があふれ、テレビ、週刊誌で見聞きするような、若くて、かっこ良くて、高給取りの相手なんて、レベルとラベルの比較にもなりません。
ご自分のまわりの七十才を過ぎたいい方々にお話を伺ってごらんなさい。ほとんどがお見合いで数十年の人生をかけて嫁を迎え、婚家の事情も分からずご縁にすがってきたのです。やる時はやらねば。それが人生です。幸せな年になりますよう祈りあげます。 |

| 師走になりますと、賀状の準備にこころせかされます。かつてはパソコンで、プリンターで何の不思議も感じなかったのですが、お世話になった方々のお顔を思い浮かべますとやっぱりおかしい、やっぱり失礼だと思ったりしまして、で、昨年の年賀状から約三百枚表も裏も手書きにと決心し、実行しました。久方ぶりにペンダコができまして(ペンダコというのは、右手の人差し指にタコができるのですが、ワープロ、メールの時代の方々にはご理解いただけないでしょうが、それなりの充実感があるものですよ)コピーライターをしていた頃の情熱がよみがえってまいりまして、実に爽快でございました。今年も手書きにいたします。ご希望の方はどうぞシンパシーへ。私の手書きの文字はとても暖かいと好評なのですよ。お送り申しあげます。このページだけではなく、そんなご縁もあったりしたらシンパシーも私もとても幸せな気持で新しい年への希望、勇気をいただけると思ったりしながら、どうぞハッピーニューイヤー。 |

今年は例年になく寒さの残る春でしたね。桜が咲いて、散って、ツツジと菜の花の競演も盛りを過ぎて、本当の春が来る前に、花の季節も急ぎ足でございました。「花のいのちは短くて、きびしきことのみ多かりき」(林ふみ子)などと時々思った昔もありますが、どっこい、人の生き方を花にたとえられてもそこまで落ち込むなどということは、非凡な私などには得心できません。
こころの持ちようで、いつも青春、いつまでも青春。可能性を信じて、それなりに心身を整えていく覚悟を持ち続けていければ、若く、強く輝いていけると私は思います。
過日、ある女性からカメラをいただきました。私の趣味のはしくれに写真があることをひとことも言わず感じとってくれるやさしいこころの方です。35mmのフィルムカメラで、数十年前の日本を代表するメカニカルカメラです。安易、簡便、ムダなしのデジタルカメラ全盛の今、かつてのご主人との想い出の残像がたっぷりつまったカメラを、なぜ、今私に。彼女の出直しの決意を嬉しくいただきました。デジタルカメラは季節は褪せても、こころは褪せません。どうぞこころの褪せる太陽の季節へ急がず、あせらずご一緒しましょう。 |
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